株式会社LAZARUS(ラザロ) - 大阪市中央区本町の歯科技工所株式会社LAZARUS(ラザロ) - 大阪市中央区本町の歯科技工所

 こんにちは、村田KIDです。 弊社は設立して早くも8年になりますが、この8年間で本当に歯科業界は一気に変わったなあと実感しております。

 

 自分が一人で開業した8年前は、そこまで業界がデジタル化されていなかったので、一人ラボでもアナログ技工だけで仕事が回る状況でした。 実際、私が一人で仕事をしていた1年目は、ほとんどの仕事がプレシャスメタルを使ったMBかハイブリットクラウンで、たまにプレスセラミックが来るくらいの状況でした。

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  上記の写真のように、インプラント技工も全て「鋳造」にて行っておりました。 インプラントパーツへの「鋳接」は、なかなか失敗率も高く、リングを開ける時はいつもハラハラしたもんです。

 

 しかし8年経った現在は、インプラント技工はほぼ100%デジタルでやってますし、MB&ハイブリットは、月に片手で足りるくらいの数しか依頼がありませんし、MB/ハイブリットの仕事も、コバルトをCAD/CAMで削り出して作製しています。 プレシャスメタルの鋳造はもう長いこと行っておりません。

 特に臼歯部に関しては、大部分の仕事が「モノリシックジルコニア(無垢のフルジルコニア)」になりました。 こうなると、ワックスアップせずに「デジタルデザイン」で作業を進めることになります。

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 デジタルの発展は、飛躍的にかつ劇的にラボサイドの行程を変化させました。 その恩恵は計り知る事が出来ないほどのものです。

 

 技工雑誌『ZERO』は、純粋な技工専門誌で非常に毎回楽しみに購読しておりますが、私が一番好きなコーナーは、片岡繁夫先生の「まえがき」です。 非常に力強く説得力のある文章で、時代の流れを柔軟に受け止められながらも、「職人」としての誇りを感じる内容には、うまくは言えませんが毎回「重み」を感じながら拝読しております。 

 

 今回のまえがきは、モノリシックジルコニアについて書かれていました。 モノリシックジルコニアが、世界的セラミストが認めるほどの審美性・耐久性を兼ね備える時代になったという事実は、時代の流れとマテリアルの進化を強烈に感じます。

※クリックで拡大します 

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 最近、私の師匠である土屋雅一氏が、医歯薬出版から「モノリシックジルコニアのいま」という本を出版されました。

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 非常に今知りたい事がまとめられている内容で、是非とも目を通して頂きたい一冊です。 師匠も私が師事していた頃は、バリバリ多層築盛をされていたスーパーセラミストでしたが、現在は「盛る事はほとんどない」とおっしゃっていました。 

 

 

 話は変わって、近年はご存知の通り、技工士学校の入学者数減少が問題となっています。 下のデータはSNSで拾った最新のものですが、やはり数字で見せられるとかなりリアルで、雇用をする側の人間としてはかなり気が重くなる思いです。

※クリックで拡大します 

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 こんなに一気に入学者数が減るとは誰が予想できたでしょうか? まだ都心部はいいかもしれませんが、地方の技工所は本当に人集めが大変だという話をよく聞きます。 若い技工士を探すのは、ウォーリーを探す100万倍大変です。

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 余談ですが、私が技工士学校に入学した平成12年は、まだまだ定員オーバーの時代でした。 

 最近思い出したのですが、私は実は一度技工士学校の入学試験に落ちているんです(笑)。 2次募集があったので、2次試験の面接で「熱い想い」をありったけぶつけてなんとか入学できた経緯があります(あとで聞いたら、2次募集で受かったのは私だけだったみたいです)。 2次募集で落ちたら、もう技工士の道は諦めて違う仕事をしようと決めていました。 実は首の皮一枚でこの業界に入ってきた人間です。

 就職に関しても、当時現役ではなく歳を食っていた自分は、ことごとく受けるラボ受けるラボの就職面接に落ち(笑)、結局卒業しても就職できずにいました。 フラフラしていた時に、学校の先生から紹介して頂き、自宅開業されていた個人のデンチャーラボに拾って頂いたという経緯があります。

 

 私はよく「技工士国家試験なんかチンパンジーでも通るわ!!」と嘯く事があるのですが(笑)、その技工士学校すら入れなかった可能性のある自分が言う資格はありませんね(笑)。 もう二度と言いません。。

 

 業界全体も、マテリアルもここ数年で一気に変わってきました。 本当に「時代は加速しながら変化している」と、最近強烈に感じます。


    先日、ヒーローが逝ってしまいました。 山本KID徳郁さんです。 

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 私はKIDさんと同い年で身長も同じくらいなんですが、小さな身体で自分より10センチ以上大きな相手をなぎ倒していく姿には、同じ小柄な男として心底憧れたもんです。

 

 彼が世間に知られることになった試合は、2004年の「K-1 WORLD MAX」のVS村浜武洋戦だと思いますが、この試合は本当に度肝を抜かれた試合でした。

 

 『格闘技の歴史が変わるで!!!』 と、翌朝に当時勤めていた歯科医院の衛生士さんたちに熱く語ったのですが、全く食いついてくれなかったのを覚えています(笑)。

 

 KIDはレスリング出身であるにも関わらず、打撃センスがえげつない選手でした。 そのままボクシングの試合に出ても、「日本チャンピオンクラス」なら互角に戦えるという噂も聞いた事があります(これってめちゃくちゃすごい事です)。

 KIDは右利きなんですが、構えはサウスポー(右手が前に来る)なんです。 というのも、レスリングの場合はは右利きの場合は右手が前に来るので、立ち技になってもそのスタイルを継承したわけです。

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 一見やりにくそうに見えますが、レスリングで培った「踏み込みの強さ」と「天性の当て感」で、あそこまでのハードパンチャーになったわけです。

 

 

 一方、これも同年代の前澤友作さんが、「月に行く」と発表されました。 ぶっ飛んでいますが、凄くこの人も憧れます。

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 余談ですが、前澤さんは元バンドマンで、人気ハードコアバンド「Swich Style」のドラマーでした。 私も好きなバンドだったので、よくライブを見に行ってました。 最近、ドラムの「YU X SUCK」があの前澤さんだと知ったんですが、それはそれはたまげましたよ(笑)。

 

 

 しかし、同年代の「憧れ」であり「強さの象徴」であったKIDさんがいきなり逝ってしまった事は、かなりショッキングでした。 前述したように時代はもの凄い勢いで変化しているし、明日は何が起こるか分からないという事を痛感しました。

 憧れの同年代の人達が、一方は若くして亡くなり、一方は月に行く・・。 本当に最近色々考えるきっかけになりました。

 

 ダラダラしとる暇はないなあ・・・。

 

 

 さて、3月にシドニーに行ったのですが、来週またシドニーに行って歯科事情を再度視察してこようと思っております。 「今自分が考えている事」が正しいかどうか確かめてきます。

 

 全く関係ないですが、最近グッときた言葉。

 

「私は失敗した事がない。 ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ(トーマス・エジソン)」

 

 

 KIDさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。 

 

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 KID forever・・・・・!!!!!

 

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